音楽の話 #ジュ・トゥ・ヴ

音楽の話 #ジュ・トゥ・ヴ

ジュ・トゥ・ヴ (1900) ポーレット・ダルティ

 フランスの作曲家エリック・サティといえば、一番馴染みのある曲は『ジムノペディ』でしょうか。精神の安らぎを促すような睡眠を導入するような、ゆったりとした三拍子で音の数の少ない静かなピアノ曲。絶対に一度は耳にしたことがあると思います。

 彼は音楽界の異端児と称される変わり者で、それまでの西洋音楽(クラシック)の伝統に意義を唱え、様々な革新を起こし、それがどれも素晴らしくナイスな感じで、後の作曲家たちに多大な影響を与えました。同じ時代を生きた作曲家だとクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルの印象派、さらにはイーゴリ・ストラヴィンスキーやオリヴィエ・メシアンの前衛音楽、ブライアン・イーノやジョン・ケージのアンビエント・ミュージック、現代ではスティーブ・ライヒのミニマル・ミュージックに至るまで、音楽的な技法(調性や拍子の開放、新しい記譜法、教会旋法の導入など)のみならず音楽自体の在り方や関わり方、鑑賞しない芸術作品として表現方法など、20世紀以降に行われる音楽の発展と探求の源流であることは間違い有りません。音楽界以外にも画家のパブロ・ピカソや作家のジャン・コクトーなどとも交流を持ち、まさにボヘミアニズムの真っ只中を生きた芸術家の一人なのでした。

 今回ご紹介する『ジュ・トゥ・ヴ』も有名な曲ですので、ご存知の方も多いでしょう。当時フランスで人気を博していた歌手ポーレット・ダルティのためにアンリ・パコーリが詩を書き、サティが曲を付けたシャンソンです。タイトルの「ジュ・トゥ・ヴ Je te veux」というのはフランス語で「あなたが欲しい」という意味。女性が男性に「私の言いなりにおなりなさい」という女性版と、男性が女性に「僕を支配してくれ」と訴える男性版の2種類の歌詞を持つ珍しい歌で、その優雅なメロディーからは想像できないほど、思いの外に過激で官能的でございます。

 

『ジュ・トゥ・ヴ』
作詞アンリ・パコーリ

― 女性版 ―
あなたの苦しい気持ちは分かったわ
  愛しいひと
  だからあなたの望みを受け入れる
  わたしの言いなりになって
  良識はそっちのけにし
  悲しみも忘れて
  二人がしあわせに過ごす
  貴重な時間を持ちたいわ
あなたが欲しい

わたしは悔やまないわ
  望みはただ一つ
  あなたのそばで すぐそばで
  一生 生きること
  わたしの身体があなたの身体に
  そしてあなたの唇が私の唇になるといい
  あなたの心がわたしの心に
わたしの肉体のすべてが
あなたの肉体となるといい

ええ あなたの眼のなかに読みとれるわ
  あなたの恋する心が
  わたしの愛撫を求めに来るという
  崇高な約束が
  永遠に抱きしめ合い
  同じ炎に身を焦がしながら
  愛の夢のなかで
  ふたつの魂を交換しましょう

romeo

 

 近年ではピアノ独奏版で演奏されることが多いですが、稀に歌付きでも聴かれることがあります。ただ、シャンソン曲にしてはメロディーの音域が非常に広く、高い歌唱技術も必要とされるため、クラシックのソプラノ歌手によって歌われることがほとんど。横浜美術館のパリ美術展のイベント(2019年)で、お歌の上手な上白石萌音ちゃんが福間洸太朗さんのピアノにのせてその美声を軽やかに響かせ、とても気持ちよさそうに歌っていたのが印象的でした。


美しいフランス語と甘美な旋律は、私達の耳には少しくすぐったいかもしれません。
当時のパリの情景に想いを馳せて、ぜひ一度 聴いてみて下さい。

 

NO MUSIC, NO LIFE.

美味しいコーヒーと一緒に、音楽を楽しみましょう